わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろし い力によって
 驚くべきものに造り上げられている。   (詩139編14節)

 祈りが神との対話であることを示す、この詩編は、主への呼びかけから書き始められています。そして、神を「あなた」と呼んでいます。あなたは全知全能、偏在(どこにでも在す)の神です。だから、闇も、光のない夜も共に光に包まれる故、悩み苦しみの闇も絶望も、主には無く、救いと解決の光がそこから出て来ます。そのような神に、「あなたは、わたしの内臓を造り、母の胎内に組み立ててくださった」と語りかけます。それに続くのが、冒頭の聖句です。

 NHKテレビで「人体の不思議」が放映されましたが、内臓同士が互いに声を出し合っていることなど、驚くべき実態が示されました。偉大な神が全力を尽くして、最高傑作としての人間を創造されました。何となく出来上がったのではありません。ダビデは、そのことを知っていました。最高傑作とは、神の像(かたち)に似せて人間が創造されたからです。親子が似ているのは、親の像が子供にもあるからです。その人を見れば神が分かる、そのような者として最初の人間アダムは創造されました。しかし罪と堕落によって、神の像は損われてしまい、人間を見たら神よりも悪魔が分かるまでに堕落してしまいました。そこにアダムに代わる神の子としてイエス・キリストが遣わされたのです。主イエスを見たら神が分かるのは、そのためです。

 ダビデは「秘められたところでわたしは造られ 深い地の底で織りなされた。あなたには、わたしの骨も隠されてはいない。胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた」(15,16節)と綴っています。私たちの体は万物の創造主によって造られました。たとえ今は、 病気の症状を示しているとしても、神の御手の作品なのです。そこに希望があります。だから、人の素晴らしい所に目を留められる人になりたいと願います。  マスコミから報道されるニュースの大半が、悲惨な事件と、それにまつわる醜悪な側面(罪の闇)ばかりであり、見聞きしていると切なくなります。人間ほど罪深い生き物はいないのは確かです。しかし、神の像を与えられたのも人間だけです。詩編の祈りは、環境破壊など惨憺たる様相の地であっても、「主よ、この地はあなたの慈しみに満ちています」(詩119編64節)と語りかけます。ここに信仰の祈りが示されています。